2012年08月15日

【連作/夏の雨】1.雨宿り

雨が降っている。
それでも一向に涼しくなる気配はなく、むしろ蒸し暑いばかりだ。
僕はげんなりして呟いた。
「雨季か・・・」

「呼んだ?」

背後から、やけに陽気な声が聞こえた。
驚いて振り向く。
「・・・誰?」
そこには、全身毛むくじゃらでかろうじて腰ミノだけを身に付けた小柄なおじさんが立っていた。
到底文明人とは思えない。
誰? というか、何?
「いや、今、俺のこと呼んだよね?」
おじさんはフレンドリーなトーンで、こちらに近寄りながらそう言った。
「呼んでない・・・ですけど」
「え。だって今、ウキって」
「あ、ああ。雨季。言いました。あなた、ウキさん?」
「いかにも、ウキです」
「すみません、違います。ウキさんを呼んだんじゃなく、雨の季節、『雨季』だなって」
僕はやたらと近寄ってくるおじさんに、一歩引きながら釈明した。
ちょっとキモい。
「あーあーあー、『雨季』。なるほどなるほど! そうかそりゃ早とちり!」
何が面白いのかケタケタと笑うおじさん。
キモい。っていうかウザい。
ちょっと、何か色々勘弁してよねー。
僕は体毛の濃いおじさんに、更に一歩引く。
こういう無駄に陽気な人間は、嫌いだった。

「けどよー、あんまりハズレってわけでもないんだ」
と、急に神妙な顔になって、おじさんは続けた。
「この雨な・・・実は俺が降らせてんだよ」
・・・何を妙なことを。
「はあ」
僕は曖昧に頷いて、その場を濁した。
冗談は体毛だけにして欲しい。
というか、だ。
このおじさんは、本当に人間だろうか。
猿のように濃い体毛、腰ミノのみのスタイル。
現実離れしているといえば、十分に現実離れしている。
これではまるで。

「鬼、なんだな」

そんな僕の思考を読む、一言。
心臓がドクンとひとつ弾んだのが分かった。
「おに・・・?」
「ああ、鬼さ。雨の鬼、つまり――『雨鬼ウキ』」
「そんな、馬鹿な」
僕は言いながら、しかし嘘ではないんだろうなと感じていた。
その雰囲気が、気配が、佇まいが、人間ならざる何かに思えて仕方がなかった。

「兄ちゃん、もうしばらく雨宿りしといてくれ」
「え?」
「俺、もう一仕事しなきゃならねえ。ここで会ったのも何かの縁だ、教えとくよ」
「あ、ああ・・・そうですか」
「じゃ、これで。変な勘違いで呼び止めて悪かったな」
ポンと僕の肩を叩いて、おじさんは。
雨鬼は、去っていった。
土砂降りになった雨が、不自然にその身を避けている。

ああ――当分僕は、この心もとない屋根の下で雨宿りを続けなければいけないらしい。
溜息を吐いて、長居の覚悟を決めた。
ラベル:夏の雨 小説
posted by いずみ at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

「大日本サムライガール (1)」読了。



「大日本サムライガール (1)」読了。
一応、レーベル的には一般小説であってラノベではないのかな?

でもまぁ、本作はラノベです。
もう少し突っ込むと、大人向けのラノベ。
主人公は26歳の成人男性。富豪の長男。結構仕事の出来る人。
なので、昨今流行りのラノベのような、主人公があまりに情けなくて感情移入できない、
といったことは少ないかと。
26歳なのでまだ社会的地位が高かったり熟練された考えを持ってたりはしませんが、
普通のことを普通に考え、実行できるくらいの力はあります。

と、主人公の話から入りましたが、本作のメインは間違いなくヒロイン神楽日毬。
彼女の非常に右寄りな、というか極右な政治思想が中核となります。
主人公はそんな彼女を偶然見付け、色々あってサポートすることに。
ここで、大人な主人公という造形が活きてくるわけですね。

何にせよ、実に危ないテーマを扱った本作。
極端な例ではあるけれども、しかし現在の日本人に足りない「政治思想」というものを
考えるためのいいきっかけになるのではないかと思います。
右でも左でも中道でも、とにかく誰かしらの意見を聞いて、何かしらの考えを持つ、
ということが民主主義社会には不可欠ですので。
なので、厳密には現在の日本は民主主義ですらないと僕は思っているのだけどね。

そこはまぁいいや。
とにかく本作、実に冒険してます。
政治を扱って、芸能を扱って、経済も扱うみたいですよ。
ベタなラノベが、ラブコメだったりバトルだったり超能力だったりするところから考えて、
やはり本作は異色なのでしょう。
けど、そういう異色なものを読みたい人にもマッチするかと。
っていうかもう日本人は全員読めよ。と思う。

ただ一点難を挙げるなら、あとがき。
実に蛇足。
こんな危うい作品を作っておいて、あとがきで敵を作らないようなフォローをするとか、
軟弱の極みである。
「フィクションであり実在の人物・団体とは――」云々とだけ書けばいいのに。
読み終わってテンション上がったのに、冷めちゃうじゃないか。
・・・ま、こんだけくどく書いておかないと本気で危ない人が現れるからなんだろうけど。
その辺、一般大衆の知能の程度が知れるよね。フクザツ。

そこを除けば、概ね良好。是非ご一読を。
何か、政党HP、日毬のブログ、所属事務所のブログと、実に気合を入れて作られてます。
その辺の周辺サービスもお見逃しなく。
日毬、声が案外普通でした。もっと凛とした声かと思ってたのに。
具体的には日笠陽子くらいを想像してた。
まぁ、これはこれで、「実は普通」というキャラに合致してるかな。
ラベル:書評 小説
posted by いずみ at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評/小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月03日

【超短編小説】8月15日

木造の旧校舎の屋上が、約束の場所だった。
暑い日差しの中、純白のワンピースに麦わら帽子の少女が微笑む。
「やあ。今年も、来たよ」
僕はつられて小さく笑い、頷いた。

今日は、8月15日。
毎年、一日だけ、おばあちゃんが帰ってくる日だった。

「お父さんとお母さんは元気かい?」
「うん、元気だよ」
「そうか、それはよかった。二人共、まだこっちに来るには早いからね」
「おじいちゃんも、元気だよ」
「・・・あの人はそろそろこっちに来てもいいような気もするよ」
おばあちゃんは嬉しそうに、少し寂しそうに、そう言った。

お父さんとお母さんが度々喧嘩をしていること。
お兄ちゃんが高校受験でピリピリしていること。
飼っている猫がどこかへ行ってしまったこと。
どうでもいい、だけど大事な話をする。
おばあちゃんは、そのひとつひとつを優しく笑って聞いている。

「それと」
「うん、どうした?」
僕は、どうしても言わなきゃいけないことを、口にする。
「僕、今年で小学校卒業なんだ」
「おお、そうだったね。もう6年生だったか」
「うん。だから、来年からは――もうここに来れなくなっちゃうんだ」
旧校舎は、勿論小学校の中にある。
中学生になったら・・・多分、入ってこれない。
「そうか・・・あんたももう中学生なんだね。早いもんだ」
言って、くしゃくしゃっと僕の頭を撫でる。
「なら、いつまでもこうやってばあちゃんと会ってちゃいけないねぇ」
「そんな」
「中学生になって。高校生になって。もうあっという間に大人だ」
そしたら、ばあちゃんのこともきっと忘れるよ。
そんな、悲しいことを言う。
「僕は・・・忘れないよ」
「いいのさ、忘れて。ばあちゃんは死んだ人間だ。生きてるあんたたちは――
 そんなこと忘れて、しっかり自分の人生を生きなさい」
「おばあちゃん・・・」
少しの沈黙。
そうしてる間に、時間は簡単に過ぎていく。
ああ、とおばあちゃんは思い出したように声をあげた。
「もう時間だね」
「・・・そっか」
毎年のことながら、あっという間だ。
そして、多分、今年で最後だ。
僕は急激に悲しくなる。
そんな僕を見透かしたように――

「いい大人になるんだよ」

おばあちゃんは、そう言って。
ふっと、初めからいなかったかのように、掻き消えてしまった。

少し涙が浮かんだ両目を擦って、僕は屋上を後にする。
「大人になったって、忘れないよ」
そんなことを呟いて。
ラベル:小説
posted by いずみ at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする