私はもう、今日一日のことでさえ、鮮明に思い出せない。
死が近い。
それは私が一番よく分かっていた。
蝕む病魔はゆっくりと、確実に私を壊していく。
縋るべき自我は薄れ、意識は混濁し、夢も志もとうに失った。
はて・・・ならば私は、何をこんなに悲しんでいるのか。
この身の痛みすら漫然と受け流す今、何を嘆く必要があるのか。
そんな、投げやりなことを思う。
例えば。
今朝、私は何を食べただろう。
食は人生における楽しみの代表といえる。
日に三度、その喜びを噛み締めているはずなのだが。
しかし、記憶は曖昧でイメージはぼやけていて、はっきりとしない。
そもそも、私は本当に朝食を食べただろうか?
夢現のうちに、食べたと思い込んでいるだけではないだろうか?
否、思い込んですらいない。
時計を見て、午前9時を回っているから既に朝食は食べたはず、と。
そういう機械的な刹那的な判断を下しているだけではないだろうか?
無機質な病室から、外を眺める。
空は灰色に淀んでいた。
この小さな窓の向こうでは、今も慌ただしく世界が回っているのだろう。
日は昇り、人々は働き、遊び、そして明日を待ち遠しく思うのだろう。
それが何だか、無性に腹立たしかった。
イライラと、私は唇を噛む。
出血するほどに、強く。
ああ、妬ましい。
何が?
平和に生きていけることが。
喜び、笑い、楽しみ、慈しみ合うことが。
私は、実に、妬ましい。
この朽ちかけた身では叶わぬ全てが羨ましく、やがてそれは絶望に変わった。
――死が、近い。
十全に生きたとはとても言えない。
通常の半分、否、3割にも満たない、実に短い人生だった。
だからこそ、未知の幸せ全てが、私を責め立てるのだ。
くだらぬ人生だったと。
つまらぬ生涯だったと。
何も成せぬ、何も残せぬ、何も果たせぬ、一生だったと。
罵る。
見下す。
嘲笑う。
うんざりだ。
ああ、もうたくさんだ。
ガラスの窓にへばりついて、私は小さく呪詛を吐く。
降りだした雨に、世界全てが溶けてなくなればいいのに。
儚い私の記憶のように、消えてなくなればいいのに。
隔絶されたひとりの世界で。
自分以外の全てを憎み。
私は意識を失った。