2012年05月29日

【超短編小説】Babel

「巫女様」

――誰かが私をそう呼んだ。
神の声を聞く者。
神の力を借りる者。
まるで、この力が私のものではないかのように。

例年通り、国は飢えていた。
日照り続きで作物が育たないとか、何とか。詳しいことは知らない。
そして例年通り、最終的には私に頼る。
否、私を通して、神と呼ぶ何者かに頼るのだ。
「神よ。何卒、雨を降らせて下さいまし――」
日に二度三度と、同じ願いを違う人から聞かされる。

私は何だか、飽きてきた。

同じような願いを聞くことに。
そして――神の代理と扱われることに。

「・・・煩いなぁ」
誰もいなくなった祭壇で、ひとりごちる。
国中の誰も、私が、私の力で願いを叶えていることを知らない。
幼い頃からそうだった。
どんな奇跡を起こしても、それは神の力とされ、私のものではないとされた。
それでもいいか、と思ってはいたのだけれど。
積もりに積もった不愉快は、私の中の何かを決壊させた。

私が願いを聞かなくなったら。
みんな、どう思うだろう?

いや。
私に願いが届かなくなったら。
そうしたら、神などいないことに、気が付くだろうか。

そうだ。
壁を作ってしまおう。
私と、みんなの間に、高い高い壁を作ってしまおう。
誰も乗り越えられないような。
完全なる拒絶を、築きあげてしまおう。

思い付いてしまえば、実行は容易かった。
言語を変える。
私が操る言語と、みんなが操る言語を変える。
ただそれだけで、容易に壁はできる。

「――XXXXXX」
必死の形相で、何事か訴えかける人々。
「ああ、何を言ってるのかわからないわ。困ったわね」
悲しそうな演技をしながら、そんなことを言ってみせる。
勿論、私のこの言葉も、彼らには何一つ通じない。

さあ。
どうする?
神の代理でなくなったら、私をどう扱う?

迫害するならすればいい。
私は精一杯抵抗しよう。
たとえ刃を向けられようと、負けない自信はある。
それだけの力を、私は持っている。

やがて、どうしても言葉が通じないと分かった人々は、静かに去って行った。
そしてそのまま、私の周りには誰もいなくなった。

恵みの雨など降らない。
私が降らせはしない。

いつか――。
この高い壁を乗り越えて、神などではない本当の私を見つけることができたなら。
その時に、じっくり話をしようじゃない。
ラベル:小説
posted by いずみ at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月21日

【超短編小説】病

スポーツが好きだった。
だった、というのは今は好きではないという意味だ。
友人とスキーに行く前日は、嬉しくて眠れなくなるんじゃないかというほどだった。
特に用がなくともスポーツ用品店に足しげく通った。
それが今はどうだ。
付き合いで出かけることもないではないが、最早苦痛でしかない。
いい大人が小さなボールを追う様が滑稽にすら見えた。
そんな時、変な心配をかけるのも嫌なのでへらへらと愛想笑いなどしている。
そうすると余計に気分が悪くなり、自分自身に腹が立つ始末だ。

医者に言わせれば、それは病気だという。
病気だというだけで、しかし対処は特にない。
心を休めよ、と意味のよく分からないことを述べるだけだ。

思うに、これは拷問に近いのではないか。
楽しい、嬉しいという気持ちを奪う。
これほどの苦痛はない。
想像して欲しいのは、例えば甘党の人間から甘味を奪うとどれほど辛いか。
それも、直接的に甘いものを奪い取るのではない。
甘いと感じる心を奪うのだ。
ケーキを食べてもチョコレートを食べても羊羹を食べても美味しくない。
「食べられない」ではなく「美味しくない」。
これだと誰も責めようがない。怒りのやり場がない。
あんなに美味しかったのに、と想像することも、やがてできなくなっていく。
自分の気持ちひとつだという間違った自覚が、常に自らを苛む。
どうだろうか。
少しは分かってもらえると思う。
だからこれは、暴力を用いない拷問だ。

無論、急に気持ちがゼロになるわけではない。
9割、8割と徐々に減っていき、今半分程度というところだろうか。
半分まで気持ちが萎えると、他のことに負ける。
すなわち、悲しいだの苦しいだの憎いだの。
そういったマイナスの感情に、プラスの感情が負ける。
自分がどんどん醜い生き物になっていくのが分かって、また落ち込む。
後は坂道を転がり落ちるかのように、だ。

死にたい、という思いは既に通り過ぎた。
そんなものは健常だった頃から稀に思っていたことだ。
そしてそれに対しては答えは同じである。
「死ぬことは許されない」。
宗教的にも倫理的にも道徳的にも政治的にも経済的にも。
理由は山ほどある。
どれひとつとして、反論の余地もない。
だから、自ら死ぬという愚かなことはしない。
――そうして心にもうひとつ余分に重荷を背負い込む。

さて困ったぞ、と頭を抱える。
人生には目的が要る。
目的のために手段を講じ、モチベーションを保つ。
そのサイクルこそが人生だと断言していい。
極論、人間の目的は子孫の繁栄だとしよう。
これはまだいい。他人任せにだってできなくはない目的だ。
だが次点、自分の人生内で閉じた目的は何か。
それは、喜びの追求ではないか。
幸せを探求することではないか。
それが薄らいできた。見えなくなってきた。
何をしても喜びを感じない――それは目的達成の観点から、非常に困る。

どうしたものかね、と呟いてみる。
妻にも聞こえないような声で。
どうしたものだろうね。

おやつを取り上げられた子供は、泣くことができる。
大人になった今、それすらできないのは何故なんだろう。
強くなったはずなのに。
大きくなったはずなのに。
自由になったはずなのに。
子供よりも、ずっと無力だ。

何もできない大きな子供。
――ああ、想像するだけで厄介だ。

終わらない拷問は、今日も僕を責め続けている。
ラベル:小説
posted by いずみ at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【超短編小説】モザイク

血液が。
噴水のように、溢れ出る。
首から離れた頭部は、ゆっくりと地面に落ちて酷く醜い音を立てた。
僕は愛刀に染み付いた汚れを丁寧に拭き取ると、鼻歌交じりにその場を離れた。
殺し屋のお仕事はここまで。
後は、掃除屋のお仕事だ。

「終わったよ」
近所のカフェでコーヒーを飲みながら、僕は携帯で報告を入れる。
『お疲れ様』
上司は淡々と答える。
上司といっても、相手の年齢はおろか容姿も知らない。
声から察するに多分女性。
だが、少しハスキー気味な少年と言われたら信じる。
基本的なやり取りは、電話とメールだ。あと、毎月の給料の振り込み。

「・・・で、今日僕が殺した相手だけど」
名前は葛宮車輪くずみやしゃりん、27歳。
男性。
会社員。
僕が知るのはその程度だ。
「何者なの?」
『答える必要はない』
「何で殺す必要があったの?」
『依頼だからだ』
「だから、その依頼主は何であの男を殺して欲しかったのかって話」
動機も、関係性も、知らない。
僕は何も知らない。
いつもそうだ。ただ、あいつを殺せと言われてハイハイと殺すだけ。
そんなの、機械にだってできる。
僕の不満を知ってか知らずか、
『知る必要はない』
上司は変わらず、冷静にそう答えた。
あまりのクールさに、腹も立たない。

もしかしたら、この上司も何も知らないのかもしれない。
雇われの管理者で、依頼の情報をただ下へ――つまり僕へと流すただのパイプ。
殺したい、殺して欲しい。
そんな依頼者の願いは、欲望は。
幾人かの仲介を経て、磨耗して劣化して。
最終的にはただの記号になっている。
そういうことなのかもしれない。

僕は、そんな劣化した情報で。
モザイクのような情報で。
ただ、人を殺す機械になる。
それがどうにも居心地が悪かった。

せめて依頼の背景でも分かればなあ。
そうしたら、僕は自分の仕事に誇りを持てるかもしれないのに。
殺し屋として、胸を張っていきていけるのかもしれないのに。
僕は今日も、諦めて通話を切り携帯をポケットにしまう。

ああ、もういっそ転職でもしようかな。
殺ししかできない僕に、他の仕事ができるとは思えないけれど。
そんなことを思って、だけどすぐに自分で否定して。
カップに残った、冷めたコーヒーを飲み干した。
ラベル:小説
posted by いずみ at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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