2013年05月05日

【超短編小説】夢の通り

月に一回程度のペースで、定期的に見る夢がある。
繰り返し繰り返し、何度も見てきた。
忘れることのない、夢。

そして今、目の前に、その夢で見た通りの女性がいる。
名前も知らない。
だけどよく見知った、女性。

当然向こうは、僕のことなど知らないだろう。
いきなり目の前に現れても、不審がられるだけだ。
だから僕は、こっそり後を付けることにした。

月の明るい夜。
閑静な住宅街の路地裏。
街灯もまばらな、少し寂しげな道を歩く。
コツコツと彼女のヒールの音だけが響いた。
ああ、彼女はこんな音を立てて歩くのか。
僕は妙なところに感じ入ってしまう。
それはまるで夢の続きのような。
とろける響だった。

もっと――
もっと、彼女を知りたい。

名前は何というのだろう。
どこに住んでいるのだろう。
趣味は? 仕事は? 休日は何をして過ごすのだろう?
知りたいことが次々と溢れ出して止まらない。

しかし、一方でどこか諦観に似た気持ちもある。
所詮夢は夢。
現実とは違うのだ。
夢の続きを、少し体験できただけでもいいじゃないか――。

そんなことを考えていると、ふと彼女のやや後方に男の影が。
僕は様子を窺う。

それは明らかに怪しげな、コートを羽織って帽子を被った男だった。
両手をポケットに突っ込んだまま、やや早足で歩く。
この速度では、すぐに彼女にぶつかるだろう。
そこで、男は右手をポケットから出した。

ナイフ。

薄暗い、微かな明かりに反射する光で、僕はその存在に気付いた。
男は、そのナイフを握りしめ、今にも彼女に襲い掛かろうとする――。

違う。
こんな結末は、僕の望む――僕の夢じゃない。

思うより先に、体が動いた。
必死で走り、男に追いつく。
そしてそのまま、男の背後から強く体当たりをした。
吹き飛ぶ拍子に、男の右手からナイフがこぼれ落ちる。
カラン、と金属質な音が響いた。

何が起こったか一瞬分からないような顔をする男。
しかし、すぐに状況を察したのか、慌ててその場から逃げていった。

残されたのは、僕と、驚いた顔の彼女だけ。
よかった、彼女は無事だったのだ。
「怪我はありませんか?」
僕の問いかけに、彼女はようやく事態を理解する。
「は――はい。危ないところを、ありがとうございました」
そう言って、彼女は優しく微笑んだ。

ああ、そうだ。
この美しい笑顔だ。
これで――

僕は満足して、素早く彼女の白く細い首に手を伸ばす。
がっしりと強くその首を掴み、締め付ける。

――これで、夢の通りだ。

僕の両手で力尽きる彼女。
その怯えた末期の表情も、全て――僕の夢の通り。
ラベル:小説
posted by いずみ at 22:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
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Posted by つねさん at 2013年05月15日 17:12
ご感想ありがとうございます。
今後もボチボチと作品を書いていけたらと思っていますので、
気が向いたら見に来てやってください。
Posted by 管理人 at 2013年05月17日 11:22
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