2012年10月30日

【超短編小説】穴

穴を掘っている。
ひたすらに。無心で。目的もなく。
ただ言われるがままに、掘っている。

固い岩を砕き、砂利をかき分け、粘土を貫く。
手はとうに痺れて、感覚も分からない。
それでも掘る。
掘る。
掘る。

少しの休憩。
何故こんなことをしているのだろう、と考える。
命令だから。
やらなければならないから。
そこで思考は停止する。
よく、分からない。
溜息をつく。
そうこうしているうちに休憩時間は終わり、また作業に戻る。

何故、何故、何故。
ああ、どうしてだろう、頭が上手く働かない。
考えがまとまらない。進まない。
巨大な岩盤に遮られているような感覚。
停滞。
そして閉塞。

混濁した意識のまま、それでも穴を掘り続ける。
もう随分と深く掘った。
いつになったらこの作業は終わるのだろう――。
そう思った矢先。
急に、掘るのを止めろと言われる。

毒が出た。

無色、無臭の気体で、本当にそれが毒なのかも分からない。
しかし、とにかく止めろと言う。
やむなく作業を中断し、地上へと這い上がる。
困った事態になったようだが、何にせよこれで体を休めることができる。
手も足も、もう疲れきっていた。
とにかく何もしたくなかった。

調査の結果、間違いなく毒であったらしい。
穴を掘る計画は中止となった。
そして今度は、その穴を埋めよという命令が下った。
ひたすら掘り進め、訳も分からないまま中断した、その穴を。
今度はとにかく埋めよと言う。
やむをえず、かき分けて山と積もった土を、深い穴へと放り込んでいく。

ざく、ざく、ざく。
埋める。
埋める。
埋める。

ああ、何か、考えていた。
考えていたはずなのだが。
それすら、もう忘れてしまった。
曖昧に広がるこの深い穴の中に、落としてきてしまったのかもしれない。

ああ――。
僕は一体、何をしているのだろうか。
ラベル:小説
posted by いずみ at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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