暑い日差しの中、純白のワンピースに麦わら帽子の少女が微笑む。
「やあ。今年も、来たよ」
僕はつられて小さく笑い、頷いた。
今日は、8月15日。
毎年、一日だけ、おばあちゃんが帰ってくる日だった。
「お父さんとお母さんは元気かい?」
「うん、元気だよ」
「そうか、それはよかった。二人共、まだこっちに来るには早いからね」
「おじいちゃんも、元気だよ」
「・・・あの人はそろそろこっちに来てもいいような気もするよ」
おばあちゃんは嬉しそうに、少し寂しそうに、そう言った。
お父さんとお母さんが度々喧嘩をしていること。
お兄ちゃんが高校受験でピリピリしていること。
飼っている猫がどこかへ行ってしまったこと。
どうでもいい、だけど大事な話をする。
おばあちゃんは、そのひとつひとつを優しく笑って聞いている。
「それと」
「うん、どうした?」
僕は、どうしても言わなきゃいけないことを、口にする。
「僕、今年で小学校卒業なんだ」
「おお、そうだったね。もう6年生だったか」
「うん。だから、来年からは――もうここに来れなくなっちゃうんだ」
旧校舎は、勿論小学校の中にある。
中学生になったら・・・多分、入ってこれない。
「そうか・・・あんたももう中学生なんだね。早いもんだ」
言って、くしゃくしゃっと僕の頭を撫でる。
「なら、いつまでもこうやってばあちゃんと会ってちゃいけないねぇ」
「そんな」
「中学生になって。高校生になって。もうあっという間に大人だ」
そしたら、ばあちゃんのこともきっと忘れるよ。
そんな、悲しいことを言う。
「僕は・・・忘れないよ」
「いいのさ、忘れて。ばあちゃんは死んだ人間だ。生きてるあんたたちは――
そんなこと忘れて、しっかり自分の人生を生きなさい」
「おばあちゃん・・・」
少しの沈黙。
そうしてる間に、時間は簡単に過ぎていく。
ああ、とおばあちゃんは思い出したように声をあげた。
「もう時間だね」
「・・・そっか」
毎年のことながら、あっという間だ。
そして、多分、今年で最後だ。
僕は急激に悲しくなる。
そんな僕を見透かしたように――
「いい大人になるんだよ」
おばあちゃんは、そう言って。
ふっと、初めからいなかったかのように、掻き消えてしまった。
少し涙が浮かんだ両目を擦って、僕は屋上を後にする。
「大人になったって、忘れないよ」
そんなことを呟いて。
ラベル:小説