2012年08月03日

【超短編小説】8月15日

木造の旧校舎の屋上が、約束の場所だった。
暑い日差しの中、純白のワンピースに麦わら帽子の少女が微笑む。
「やあ。今年も、来たよ」
僕はつられて小さく笑い、頷いた。

今日は、8月15日。
毎年、一日だけ、おばあちゃんが帰ってくる日だった。

「お父さんとお母さんは元気かい?」
「うん、元気だよ」
「そうか、それはよかった。二人共、まだこっちに来るには早いからね」
「おじいちゃんも、元気だよ」
「・・・あの人はそろそろこっちに来てもいいような気もするよ」
おばあちゃんは嬉しそうに、少し寂しそうに、そう言った。

お父さんとお母さんが度々喧嘩をしていること。
お兄ちゃんが高校受験でピリピリしていること。
飼っている猫がどこかへ行ってしまったこと。
どうでもいい、だけど大事な話をする。
おばあちゃんは、そのひとつひとつを優しく笑って聞いている。

「それと」
「うん、どうした?」
僕は、どうしても言わなきゃいけないことを、口にする。
「僕、今年で小学校卒業なんだ」
「おお、そうだったね。もう6年生だったか」
「うん。だから、来年からは――もうここに来れなくなっちゃうんだ」
旧校舎は、勿論小学校の中にある。
中学生になったら・・・多分、入ってこれない。
「そうか・・・あんたももう中学生なんだね。早いもんだ」
言って、くしゃくしゃっと僕の頭を撫でる。
「なら、いつまでもこうやってばあちゃんと会ってちゃいけないねぇ」
「そんな」
「中学生になって。高校生になって。もうあっという間に大人だ」
そしたら、ばあちゃんのこともきっと忘れるよ。
そんな、悲しいことを言う。
「僕は・・・忘れないよ」
「いいのさ、忘れて。ばあちゃんは死んだ人間だ。生きてるあんたたちは――
 そんなこと忘れて、しっかり自分の人生を生きなさい」
「おばあちゃん・・・」
少しの沈黙。
そうしてる間に、時間は簡単に過ぎていく。
ああ、とおばあちゃんは思い出したように声をあげた。
「もう時間だね」
「・・・そっか」
毎年のことながら、あっという間だ。
そして、多分、今年で最後だ。
僕は急激に悲しくなる。
そんな僕を見透かしたように――

「いい大人になるんだよ」

おばあちゃんは、そう言って。
ふっと、初めからいなかったかのように、掻き消えてしまった。

少し涙が浮かんだ両目を擦って、僕は屋上を後にする。
「大人になったって、忘れないよ」
そんなことを呟いて。
ラベル:小説
posted by いずみ at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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